
ある日系法律事務所のパラリーガルの方から、こんな相談をいただきました。「SRAの最新統計を見たら合格率が思ったより低くて、急に不安になってしまいました。私のレベルでは難しいのでしょうか?」——率直に申し上げると、この問いの立て方そのものが少し危ういのです。公表されている SQE1 pass rate・SQE2 pass rate は、適切な文脈なしに見ると判断を誤らせる数字でもあります。本稿では、SRA(Solicitors Regulation Authority)が公開する合格率データの構造と、日本人候補者が陥りがちな誤読パターン、そして自分の学習に活かす具体的な視点を整理いたします。
SRAが公表する合格率データの構造を理解する
まず前提を揃えましょう。SRAは各 sitting(試験回)終了後に、SQE1とSQE2それぞれの合格率を公式サイトで公表しています。SQE1については FLK1(English Legal System, Contract, Business Law and Practice, Dispute Resolution, Tort, Constitutional and Administrative Law & EU Law, Legal Services の7科目)と FLK2(Property Law and Practice, Solicitor Accounts, Land Law, Trusts, Wills and Administration of Estates, Criminal Law and Practice の6科目)が個別に採点されるため、合格率も別個に算出されます。
さらに重要な切り口として、SRAは「first-time candidates(初受験者)」と「all candidates(再受験者を含む全体)」を分けて表示します。加えて、人種・年齢・障害の有無といったdemographicごとの差分(attainment gap)も公表されるため、表面の数字だけを切り取って比較すると、まったく違う結論が導かれてしまうのです。
初受験者と全体合格率を混同してはいけない理由
もっとも多い誤読が、「全体合格率」だけを見て自分の合格可能性を推測してしまうケースです。再受験者は、前回不合格だった部分を再度受けているため、母集団のコンディションが初受験者とは大きく異なります。心理的なプレッシャーや、苦手分野の克服未了といった要因も絡みます。したがって、これから初めて受験される方が参照すべきは、原則として first-time pass rate です。
ポイント:SRA公式ページで合格率を確認する際は、必ず「first attempt」「resit」「all attempts」のどれを見ているかを最初に確認してください。この区別を怠ると、難易度を過大評価または過小評価することになります。
また、初受験者であっても、フルタイムで学習に専念できた方と、就労しながら準備した方とでは置かれた条件が異なります。合格率は「平均値」に過ぎず、ご自身の準備時間・教材・演習量を加味して読む必要があります。
FLK1とFLK2の合格率差をどう解釈するか
過去の sitting を眺めていると、FLK1とFLK2で合格率に差が出ることがあります。これを「FLK2の方が難しい」と短絡的に捉える方がいらっしゃいますが、必ずしも正確ではありません。FLK2には Solicitor Accounts や Trusts Law など、日本の法体系には対応しない概念が比較的多く含まれており、日本人受験者にとっては学習コストが高くなる傾向はあります。ただし、それは「試験自体の難易度」ではなく「受験者のバックグラウンドとの距離感」の問題です。
たとえば Land Law における Walsh v Lonsdale の equitable lease の論点、Trusts における three certainties(intention, subject matter, objects)の判断枠組み、Wills and Administration における intestacy のルール(Administration of Estates Act 1925 を中心とする枠組み)など、知識の体系が独特です。FLK2の数字が低めに出る回があっても、それは「その回の受験者層が、これらの英米法独特の論点に十分慣れていなかった」可能性を含意しています。
合格基準(cut score)の変動と statistical equating
もう一つ、見落とされがちな論点があります。SQE1の合格基準は固定パーセンテージではなく、各 sitting ごとに statistical equating(統計的等化)と呼ばれる手法で調整されます。これは「その回の問題セットの難易度差」を補正し、異なる sitting の受験者を公平に評価するための仕組みで、最新のSRA仕様に従って運用されています。
つまり、ある回の cut score が55%、別の回が57%だったとしても、それは受験者にとって有利・不利を意味するものではなく、「同じ実力なら同じ結果になるよう調整した結果」なのです。「今回は cut score が低かったからチャンス」といった俗説は、この仕組みを理解していない誤解と言えます。
SQE2については、5つのスキル(Client Interviewing, Advocacy, Case and Matter Analysis, Legal Research, Legal Writing, Legal Drafting)が組み合わさって採点されるため、構造がさらに複雑です。Legal Research タスクは60分という時間制限の中で、Pearson VUE の閉じた環境(ブラウザなし、インターネットなし、Boolean検索なし、Ctrl+Fのみ)で行うため、合格率は「現場の操作環境への適応度」も反映していると理解すべきです。
日本人受験者が合格率を実務的に活用する方法
では、合格率データをどう活かせばよいのでしょうか。私たちが受験生に推奨しているのは以下の視点です。
- first-time pass rate を基準にする:これが自分の現実的なベンチマークです。
- FLK1とFLK2を独立して計画する:合格率の差は学習配分の参考になりますが、苦手分野は個人差が大きいので、模試での自己採点と組み合わせて判断してください。
- cut score の数字に一喜一憂しない:statistical equating により、ご自身の実力が反映される設計になっています。
- demographic データから示唆を読む:英語非母語話者の合格率傾向を把握し、必要なら追加の演習時間を確保しましょう。
- 時系列で見る:単一の sitting ではなく、過去3〜4回の trend を見ることで、ノイズを抑えた判断ができます。
合格率を見て不安になるのは自然なことですが、その数字は「自分の合格可能性の上限・下限」ではありません。ご自身の演習正答率、特に Single Best Answer MCQ での安定した得点こそが、実際の指標として遥かに有用です。180問×2科目、各5時間20分というSQE1のフォーマットを想定した模試で、安定して合格ライン以上を取れているかどうかを観察してください。
過去の有名事件・条文との結びつきで知識を整理する
合格率の議論からは少し離れますが、データを「読める」状態にするには、まず知識の足腰が必要です。Tort Law における Donoghue v Stevenson(duty of care の確立)、Contract Law における Carlill v Carbolic Smoke Ball Co(unilateral contract の典型)、Business Law における Partnership Act 1890 s.5(agency の射程)など、各科目の起点となる judgment や statute を押さえておくと、過去問の論点配置が立体的に見えてきます。
合格率データは結果論ですが、論点知識は受験者がコントロールできる変数です。統計に振り回されるのではなく、統計を使って自分の弱点を可視化する——この姿勢が、結果として合格率の平均値を上回る人の共通点だと感じています。
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